グリフィス記念式典の報告

Rutgers Meets Japan: A Celebration of Friendship W. E.グリフィス『皇国』出版150周年・再訪日100周年特別記念式典が9月12日(土)に、ラトガース大学のKirkpatrick Chapel にて開催されました。ラトガース大学、そしてニュージャージーと日本との150年にわたる知的・文化的交流を祝うこのイベントにはPJAの会員も招かれ、多数参加いたしました。
ウィリアム E. グリフィスは、ラトガースで多くの日本人留学生が学んでいた当時、チューターやクラスメートとして日本人留学生と親交を深め、卒業後には日本に滞在し福井と東京で教鞭を執り、近代日本のリーダーの育成に大きく貢献した人物です。今年は、グリフィスが帰国後に出版した『皇国 Mikado’s Empire』の150 周年、そして彼が最後に日本を訪れ天皇陛下から旭日章三等を授与されてちょうど100周年にあたります。この節目の年に、ラトガースと日本の150年以上にわたる歴史的交流を記念し、式典が開催されました。

福井からは、荒木副市長、滝波参議院議員、福井国際文化大使Nigel Thurston、ニューヨークからは片平大使、ニューブランズウィックのCahill市長、ラトガ―ス大学からはConway学長と芸術科学部 Wade統括学部長、グリフィスの子孫Elliot Griffis、NY仏教教会Reverend Kurt Rye、First Reformed Church of SchenectadyのTodd Buurstra牧師からのメッセージがありました。70年代に福井とニューブランズウィックの交流にご尽力なさった故堂下氏のご遺族による「荒城の月」「故郷」の独唱や、ウィリアム・グリフィスのご子孫による発表など、盛りだくさんの内容でした。
福井大学の学生たちとラトガース大学の学生たちは、『皇国 Mikado’s Empire』を読み、学んだことをグループごとに発表してくれました。 その内容をまとめると、次のようになります。
グリフィスは当初、日本人に対して「野蛮である」という偏った見方を持っていました。しかし、日本人の文化や人柄に触れる中でその偏見を乗り越え、生徒との間に信頼関係が生まれ、互いに学び合える教育環境が築かれていきました。西洋の教育を日本人に伝える一方で、グリフィス自身も日本の生活や文化について学び、その交流は彼の死後も続き、日本とアメリカという二つの世界を結びつける礎となりました。学生たちは、グリフィスの渡日後に生まれたラトガース大学と福井大学との強いつながりを自分たちが受け継いでいることを実感し、偏見を乗り越え、互いを理解し、互いから学ぶことの大切さを語ってくれました。
グリフィスがいた頃のラトガーズ大学は、Reformed church(オランダ改革派教会)の強い影響下にあり、 その教会ネットワークが日下部太郎や勝小鹿、岩倉兄弟などの日本人留学生の受け入れや、グリフィス自身の日本渡航を支え、 日米教育交流の基盤を形成したと言えると思います。グリフィスは ラトガ―ス大学を 卒業後、改革派教会の牧師となり、 そのネットワークを通じて日本へ渡り、教育に携わりました。ラトガーズ大学の若林先生がReformed churchの牧師を探しておられたので、日本で宣教活動をし、奥様が日本人であるTodd Buurstra牧師を知っていたので紹介しましたら、全くの偶然で「僕は今グリフィスの教会で牧師をしてるんだよ」というお返事が返って来て、しかも奥様がラトガーズ大学の同僚で良く知っておられたので、Todd Buurstra牧師にも式典に参加して頂くことができました。私自身ラトガーズ大学を卒業し、Reformed churchに通っておりますが、そのような歴史があったとは当時知る由もありませんでした。Todd Buurstra牧師のスピーチは日本語で、彼の日本語を聞いたのはこれが初めてでしたが、アメリカ人スピーカーの中では彼一人のみが日本語で話す努力をされておりました。
式典の後はリセプションがあり、沢山の方とお話しする機会に恵まれましたが、最も楽しかったのは福井から来ていた学生さんとの会話でした。短期間だけの滞在だったので、今後長期で留学したい、今後の進路はどうするか、英語習得の苦労など色々な話題に一生懸命考えて答えてくれたのがとても印象的でした。
式典の最後のスライドでSpecial thanks to:にプリンストン日本人会の名前を載せていただいておりました。
ガーツマ裕子